ぎふベジ


岐阜市園芸振興会 だいこん部会髙橋 徹 会長のお話(2026年3月取材)

3月、岐阜市則武地区では春だいこんの出荷が最盛期を迎えます。髙橋徹さんは100年以上続くだいこん農家の6代目。この日、髙橋さんの作業場には、水洗いを終えて肌の白さを増しただいこんが整然と並べられ、箱詰めされるのを待っていました。栽培品種は「春げんき1 号」。スラリとまっすぐな見た目に加え、シャキシャキとした食感とみずみずしさが際立つ岐阜だいこんです。

「毎年同じように作っとるけども、毎年同じような出来栄えとはいかんのやわね。去年も同じ品種を育てたけど、葉のほうに栄養がいきすぎてしまって。去年より良いものを作らないかんと肥料を減らしてみたら、今年はバランスのいいだいこんができました。」

そう語り、ビニールハウスの中でにっこりと笑う髙橋さん。元気に葉を茂らせただいこんを一本一本丁寧に引き、奥さんと二人で毎朝1000ほど収穫しています。

「僕は工業高校を卒業して、自動車関係の会社でサラリーマンをしておりました。そんなとき、親父が脳梗塞で倒れ、病院通いしながらなんとか復帰しようと親父も努めておったんですが、ダメージが身体に残ってしまってね。お袋一人で農作業はできませんから、長男の僕が決断しなくちゃいけない。それで 23 歳のとき、思い切って会社を辞めて家業に入りました。今年で 43 年目です。」

学生時代から畑の手伝いをしてきたとはいえ、会社員から転身した当時は栽培の知識も技術もほぼゼロ。だいこんはもちろん、収穫後に二毛作するえだまめなど、ノウハウはすべて母親や近隣の先輩方から教えてもらったといいます。
「1985(昭和60)年頃は、まだバブル経済がはじける前で、農業も活気がありました。だいこんも高く売れる時代で、則武地区ではビニールハウスを建ててたくさん作ろうという意気込みがあちこちあったの。うちのハウスもその頃に導入したやつだから、もう40年やわね。だいぶガタが来とるんやけど、なんとか持ちこたえてくれています。」

20代の髙橋さんが岐阜だいこんのハウス栽培に着手したことは、則武地区に一つの波をもたらしました。若き就農者の果敢なチャレンジに触発されたのか、会社員を辞めて農業をセカンドキャリアに選ぶ30代や40代もちらほら増え、則武地区でのだいこん栽培はどんどん生産量を伸ばしていったそう。
「10年以上前は、大阪の市場へ出荷できるほど収穫量がありました。岐阜のだいこんは関西でも結構人気があってね。岐阜だいこんはもう出してはおらんけど、今も関西向けとして正月の雑煮用の「祝(いわい)だいこん」という長さ20センチほどのものを作っています。露地栽培に加えて葉付きで出荷するもんやから管理は簡単ではないけど、縁起物としてご要望があるもんやか ら、12月半ばの出荷に照準を合わせて則武でもたくさん作っておるんです。」
長良川左岸に広がる水はけの良い砂壌土という地の利を活かし、350年も前からだいこん栽培が行われてきた則武地区。伝統野菜を守り続けることは、代々この地域で農業を営んできた髙橋さんも、重大な使命であると感じています。
「則武も住宅が増えて、うちの畑も市街化区域に指定されておるんです。可能であれば生産緑地制度*を利用し、税負担を軽減していただきながら、これからも長く農業を続けられたらと。サラリーマンをしている息子に手伝ってもらいながら、80歳までがんばろうと思っております。」
そう話す髙橋さんの穏やかな口調の中に、農業に生きる気概がにじみます。「毎年一年生の気持ち」を忘れず、これからも髙橋さんは岐阜だいこんに真摯に向き合い続けます。


生産緑地制度*......市街化区域内の農地について長期の営農を義務付ける代わりに税負担を軽減

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